眠つてはゐないはずです。
詩人 あとで調べませう。漬物がありませんね。
夫 ありません。
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妻が顔を洗つて出て来る。鏡台に向ふ。
[#ここで字下げ終わり]
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詩人 奥さん、昨夜《ゆうべ》伺つたところによると、御主人は来月から昇給ださうですよ。僕が代つて報告しておきます。
妻 それはお目出度う。また五円ですか。
夫 上らないよりやましだ。小遣がいくらか豊富になるし……。
詩人 エヘン。
夫 これもいけませんか。
妻 白粉《おしろい》がどうしてこんなに減つたんだらう。あたしの留守中、まさか使ふ人もないでせうにね。
夫 (詩人の顔を見る)
詩人 夜の化粧が女性の武器なら、朝の化粧は女性の勝どきだ。
妻 あたし、今日は活動が見たいの、一緒に行つて下さらない、鳥羽さん。
詩人 (夫の顔を見て)お伴《とも》しませう。
妻 結婚してから、たつた三度きりよ、活動へ伴《つ》れて行かれたのは。自分が嫌ひなものは人にも見せない方針らしいのよ。
詩人 エヘン。
妻 なにがエヘンなの。別に規約には……ないでせ
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