あしたから、そつちへ寝ますからね。
夫  僕のそばへかい?
詩人  エヘン。
夫  (考へて)わたくしのそばへですか。
妻  馬鹿お言ひ、あたし一人でそつちへ寝るのよ。(起き上り)やかましくつて眠てられやしない。(夜具をたゝみ押入へしまふ)

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その度毎に、風が埃をまくし上げて、男二人の食事を脅やかす。
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夫  これは、たしかに規約違反だ。どうです、鳥羽さん。
詩人  第何項に該当しますか。
夫  「故《ことさ》ら相手に苦痛を与へんとする言動を犯したる時云々」の項です。
詩人  さやう、まあ、これくらゐのことなら、苦痛とはいへますまい。

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この間に、妻は着物を着終り、勝手の方へ行く。
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夫  しかし、昨夜《ゆうべ》僕が、寝床へはひつてから講談を読んでゐたら、家内が「エヘン」と言つた。声を出して読んだことに対する抗議だらうと思ふが、これはどうですか。
詩人  奥さんは、もうやすんでをられましたね。

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