部屋の隅に、ひと塊りになつてぢつと入口の方を眺めてゐる。人の気配で悸える風もみえない。却つて、それをしほに起ち上つて片づけものなどしはじめる中年の女もある。笑顔をもつて迎へる用意はまだできてゐない。たつた一軒、急造の日の丸を軒先に掲げてゐた家がある。敵兵の死体もいくつか目につく。自分で傷の手当をするためズボンを脱ぎかけたまゝ呼吸絶えたらしい、さういふ死との格闘の生々しく想像される姿は、わけても眼をそむけたくなる。が、それも次第に馴れて来ると、手を伸ばせば触れるやうなこれらの事物が、悉く、戦場にある自分といふものゝ単なる心理的遠景としてぼかされてしまふのである。
今井君は銃に着剣して私のそばについてゐてくれ、私も万一の用心に拳銃を手に握つてはゐるが、どうも芝居じみてゐるやうな気がしてならぬ。油断といふのは、かゝる自意識の驕慢な不覚を指すのであらうか?
二人の俘虜
喬野に突入した部隊の主力は、更に敵を追つて五又港の陣地に迫つてゐるらしい。
喬野といふ部落は、相当大きな部落で、その中央にクリークがあり、これに渡してある橋は船の通る部分だけ取外すことができるやうになつてゐる
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