明に従へば、患者の数は日増しに殖え、しかも、その階級層、疾患の種類が目に見えて拡大されつゝあるとのことである。最初は極貧のものしか集まらなかつたのを、近頃では、宣伝が行き亘り、信用がつき、外国の類似の病院よりは一歩進んだものだとわかると、そろそろ、金を払はせてもよさゝうな手合がやつて来るやうになつたさうである。このことは後でも聞いたが、支那に於ける慈善病院の経営は、無料一点張りではその文化事業としての目的を十分に達し得られないらしい。つまり、彼等のうちで持てるものゝ面子を重んじる工夫が必要なのである。
 それと、もうひとつ面白い話は、病院を開いて数ヶ月の間、産科のお客さんが一人もなく、その係りのものは誠に手持無沙汰で困つてゐたところ、偶然ある患者が入院中お産をして、それが極めて安産であつたことを聞き伝へたものとみえ、それから以後、お腹の大きい訪問者が続々と押しかけるやうになつたといふのである。日本の産科技術をご存じないかと云ひたいところであらう。
 こんな呑気な話を吹き飛ばすやうな事件が、その日私の眼の前に展開された。
 一人の若い兵士が、下半身を鮮血に染めて、丁度私のはいつて行く少し
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