支那の女同志がつかみ合ひの喧嘩をし、一人の男がその中へ割つてはひつて一方をなだめすかしてゐる光景さへ目撃することができた。もちろん人だかりがしてゐる。なかには薄笑ひを浮べて、またはじまつたといふやうな顔をしてゐるものもある。私はそれでたいがい見当がついた。実直さうな四十男が、その女房に違ひない頬つぺたから血をたらしてゐる若くも美しくもない女の手をぐいぐいと引つ張る。女は地団太を踏んで応じない。大声で泣き喚く。片手を捲きつけた道傍の並木の枝がばさばさと揺れた。
 この戦争はどうならうとかまはないだけに見てゐて気が楽だ。しかし、こんなところで暇をつぶすのは勿体ないから、いゝ加減に切り上げよう。
 光華門のそばに日本人経営の相当な支那料理屋があるといふので昼食をしに行つてみる。
 サーヴィス・ガールは十六、七の支那姑娘だが、いくたりも側へ寄つて来て勝手に卓子の上の南京豆を噛り、日本の流行歌を得意げに口吟むので聊か興を殺がれた。料理も評判ほどでなく、第一材料も乏しいとみえて、献立が貧弱であつた。南京ではまだ支那人の生活が形を成してゐないといふ感じがした。

 この前訪ねようとしてつい暇がなかつ
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