定の作戦を変更するらしく、それでも、ともかく明朝も一度使ひの車を出すといふので、われわれはその夜、馬頭に一泊することを決めた。ところが、宿舎にあてるべき適当な家がなく、露営をしようといふ話も出たが、結局碇泊中の船の一つに交渉して、空いてゐるキャビンを提供してもらふことにし、船へ行つてみると、船底の三等室しかない。なんでも結構といふわけで、やつと背中の荷物をおろしてからだを横にすると、私は、今朝からの歯痛の堪へ難いのが遂にその絶頂に達した。ミグレニンは飲み続けに飲んでゐるのだが、間をおいて襲つてくる激しい痛みに、顔はしびれ、眼からひとりでに涙が流れでる。頭を抱へてぢつと我慢しようとしたが、からだが自然によぢれて、枕のありかさへわからなくなる。声を出すまいと思ふから、呼吸がつまる。こんな歯の痛みは生れて初めてゞある。甲板へそつと上つてみた。あちこちに水溜りがあるのだけれどもそれを除けて歩く余裕がない、やつと手摺に縋つて、空を見あげた。満月が皎々と照り、江上の船はいづれも明りを消して、黒々と沈黙の影を浮べてゐる。
夜は長かつた。
翌朝、陸へあがつて、早速兵站の軍医さんに薬を塗つてもらふ。
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