。地形の関係で外界との連絡がまつたく途絶えてゐるためであらう。
さうかと云つて、これから前へ進めば、占領直後の騒然たる街の姿は嘗て北支の旅行で経験したやうに、眼に多くの刺戟は与へるであらうが、表裏様々な民衆の生活様相は見るすべもない。況んや、かの敗残兵のいくぶん計画的とも云はれるゲリラ戦術とはどんなものか、それを見届けるためには、少し後方の辺鄙な地点を選ぶに如くはないと気づき、私は、一旦南京へ引返した。
南京警備の部隊の幕僚で、旧知の三国氏にその管下の部署並に一般状況の説明を聴き、更に、同地駐屯の××部隊長たる同期生山崎、大熊両君を訪ねて、雑談のうちに分屯警備地区の特徴を詳細に知るを得た。
私の決心はついた。翌朝の急行で南京を発ち、鎮江から船で揚子江対岸に渡つたのである。
十月二十日から三十日まで、楊州に止まつて、私は予定どほり、中支に於ける「隠れたる第一線」の実情を観察した。
この間に、広東は落ち、武漢は陥ちた。
輝やかしい戦果のあとにわれわれを待つものは、これこそ、国民の総力をもつて当らねばならぬ仕上げの事業である。日本のあらゆる精神的な能力がこゝで最も困難な活動を開始
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