はこの判断に誤りがないことを信じ、短時日の旅行に総てを観ることができなければ、せめてこれだけは腰をおちつけてと思つたのは、所謂、そここゝに散在する占領地域の、小部隊を以てする警備と討伐と宣撫工作の実情である。日本軍の如何なる労苦が支那民衆に希望を与へ、その希望が如何なる相《すがた》でわれわれの理想とするところに近づきつゝあるか、といふ例証を是非一国民として心に銘しておきたかつた。
そこで、すぐに頭に浮んだのは、例の彭沢といふ揚子江に沿つた小さな町である。船の上から眺めたところによると、戸数万戸に満たないくらゐの、三方山に囲まれた、美しい城廓のある水郷で、駐屯部隊のあることだけは、軒端につないだ馬や、山の中腹に掲げられた日の丸の旗で、ほゞ見当がついてゐた。いや、そればかりではない。船長の話によると、あの周囲の山の向ふに相当兵力をもつた敵がゐて、数週間前にも、守備隊がその逆襲を受けて悪戦苦闘したといふことである。この孤立無援にひとしい小部隊の、地味で苛烈な任務に私はかねがね心惹かれてゐたのである。が、どうも考へてみると、この町には九江や湖口とおなじく、住民がまだ多く還つて来てゐないらしい
前へ
次へ
全159ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング