山は鉢巻をしてゐる。」
爆撃用意の無線命令が部隊長から発せられた。松原中尉は、私に眼で合図をして、片手を釦の方へ伸ばした。恐らく複雑な計算をしてゐるのであらう。
「ごらんなさい、ごらんなさい」
今井軍曹の声に、私は、もう一度、首を突き出さうとした。気がつくと、私が無意識に掴まつてゐたのは、物々しい機銃の脚であつた。こんなところにも、こんなものがあるのかと思ひながら、遥か眼の下の空中に瞳を据ゑると、見えた見えた、編隊の各機から振り落された黒い細長い滴が、横倒しのまゝ大きな弧を描いて降つて行く。そして、それらが何者かの手で手繰り寄せられるやうに、次第に纏つた束になり、掌大に見える地上の一部落の上に吸ひ込まれると見える瞬間、もくもくと白煙が吹きあがつて、それでおしまひであつた。眼鏡を出して見ようと思つたがもうその暇はない。今井軍曹はもう次の作業にとりかゝつた。私も起きあがつた。今度は機体の上の窓から、宣伝ビラを撒くのである。私もそれなら出来ると思ひ、手伝ひませうと云つて、そこにある、束の印刷物を取りあげた。何処に向つて投げるのでもない。たゞ手を高く差しあげて、一度にぱツと放せばいゝのであ
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