つくりだすのである。「今日は生きてゐた」といふ感慨の前に、われわれは頭を垂れる。そしてまた、「明日はどうなるかわからぬ」といふ覚悟を身に沁みて感じ得るものでなければ、戦ふ人々の心理に深く入ることは許されぬと思ふ。
 帰りのトラックで廬山の麓を通る時、運転手の兵隊が、この辺は危いところだから全速力を出すといふ。軍官学校の広い建物が、山の中腹に整然たる俯瞰図をみせてゐる。道傍の樹の根に倚りかゝつたまゝ息絶えてゐる敵兵の屍体が目につく。
 その日は何事もなかつたが、翌日そこを通りかゝつた一台のトラックが、果して敵の襲撃を受けたさうである。「危い」といふのはさういふことなのである。
 一日、附近の飛行場をみなで訪れた。希望者は○○に乗せてやる、といふことであつた。人数に制限があるかも知れぬとあつて、私は若し席が空いてゐたらといふぐらゐの気持で出かけて行つた。N部隊長は、これまた偶然、私と士官学校が同期で、「やあ、やあ」といふやうなわけであつた。もうちやんと打合せができてゐたものとみえ、部隊長は、われわれの一人々々をそれぞれ○○づつに割り当て、有無を云はせず、「さあ、乗れ」といふあんばい式で、至
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