通ずる道路上、並にその両側の、人と馬と車の描きだす静動相半ばする風景は、何ものにも譬へ難い息づまるやうな戦線の呼吸を感じさせる。混乱のなかの秩序、休息のなかの緊張、絶望のなかの生命がそこに見出される。身を以てこれを描き得たのが火野葦平氏であらう。
時々迫撃砲などそこから撃ちだすといふ側背の廬山は、例の飯塚部隊長戦死の跡といふ山襞をむき出して、右手前方に伸び、その先端の金輪峰が晴れた秋空にそゝり立つてゐる。秋空とは云へ、真夏のやうな太陽が照りつけるなかに、われわれは立ち、流れる汗を拭く気にもならぬ。昼食の時間になり、小松の蔭に腰をおろして飯盒の弁当をつゝいた。何処からかビールとサイダアが運ばれる。かういふ主客転倒のやうな状態が時々われわれを途方に暮れさせた。将兵の労苦をちと味はせてやれといふやうな意識はわれわれを迎へる前線の何処にも感じられない。これは当り前のことのやうだが、特筆大書すべきことである。日本人のほんたうの姿がそれなのである。彼等の真の労苦は、われわれの如何なる想像をも絶したところにあり、将兵おのおのゝ精神と肉体とが、言葉なくしてそれに堪へ、それに打ち克ち、人生至高の歴史を
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