、われわれは全力を尽してゐるのである。安心してその時期を待て。これから、すべてお前たちの世話は難民整理委員会がしてくれる筈だ。よくその規則を守つて間違ひのないやうにせよ。万一規則を破るものがあつたら、その時こそ容赦はせんから、そのつもりでゐよ」
 この訓示の途中、二度ばかり、あちこちで「好好《ハオハオ》」といふ掛声が聞え、それと同時に肩をゆすり、大きくうなづき、ぱッと笑顔を見せるものが大分あつた。やれやれと胸を撫でおろしもしたであらうが、一面、この活溌な群集の表情に私は驚くべき彼等の社交性をみた。
 それからもうひとつ、×××の姿が玄関の入口に現はれた時、事務所の給仕らしい支那の一少年が、なにやら大声に群集に向つて叫んだ。「脱帽」とやつたのである。これは愛嬌であつた。

 これらの難民はさしあたり食ふ道を求めなければならぬ。ある者は幾分の貯へで難民区内にさゝやかな店を出すものもある。厳重な交通の制限があるに拘はらず、彼等は、あらゆる方法で附近の農村から物資を集めて来るらしい。
 兵站病院で雑役婦を募集したところ、今迄姿をみせなかつた若い女が続々と現れた。しかし汚物の始末だけはいやがつて
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