して、健康者のみの引渡を要求した際、故意にコレラ患者のみを突出したり、難民の待遇についても、彼等に食費を払はせ、その多少によつて賄に差別をつける等のことをしてゐた形跡があり、殊に不都合なのは、教会の倉庫に他へ避難した住民たちの家財道具を預り、その保管料を取つてゐることである。市中の民家にフランス権益を表示するマークがところどころ附せられてゐるが、厳重な調査を必要とするものである。
 私は、その後、憲兵隊の許可を得て、試みにフランスの天主堂と病院並に孤児院を訪ねてみた。
 天主堂の一つは宿のすぐそばにあり、なかなか立派な建物である。司祭に刺を通じて、病院を見たいといふと、今案内するが、その前にこれを見てくれと云つて、先づ河岸に面した庭の一隈へ私を連れて行つた。そこは煉瓦を積んだ塀になつてゐて、銃眼を穿つた跡がみえ、掘り返された庭の土が生々しく平《な》らしてあつた。
「支那軍が此処にもゐたのか?」
 私は訊ねた。
「然り。だが、日本の海軍がこの正面から砲撃を開始する前に、彼等は此処を去つた。それについて君に知つてもらひたいことは、この場所を支那軍に利用させるやうなことは、決してわれわれはし
前へ 次へ
全159ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング