前方の○○艦より信号がある。「本艦と共に全速力を以て航行せよ」
 甲板へ出てみると、本船の備砲も既に射撃準備を整へてゐる。やがて、○○艦から対岸に向つて盛んな砲撃が開始され、敵陣地と覚しい高地の麓からも、時々火を吐くのが見える。そのうちに、船の近くへ水柱があがりだした。来るなと思つてゐると、船橋をすれすれに迫撃砲弾が掠めた。二発、三発、どす黒い煙が飛沫と共に散つた。船載砲の砲手たちは、襦袢裸で、「こん畜生!」と叫びながら、撃つ、撃つ。と、私のそばにゐた船長が、「あツ、あたつたツ」と、一瞬、顔色を変へた。さう云へば、今、船腹に激しいシヨックを感じたやうである。船員が飛んで来た。
「機関に当つたやうです」――それは間違ひであつた。
 敵陣地に一条の煙が立ち昇つてゐる。何かゞ焼けてゐるのである。
 二時三十分、敵味方とも砲撃中止、危険区域を脱したとみえる。船体にも、乗組員にも異状なし。甲板に砲弾の破片が落ちてゐたり、船腹に黒く焼け焦げのやうな跡がついてゐたりした。
 太子磯に碇泊、一夜を明かす。
 今日は銅陵附近でまた敵の砲撃に遭ふかも知れぬといふ。しかし、なんのこともなかつた。安慶を過ぎて
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