める。上海以来、すでに様々なものを見た、そのひとつびとつの生々しさと共に、それが前後もなく互に重り合ひ、結びついてできあがつた「今日の戦争」といふ新しい映像が、頭のなかを一瞬去来する。耳が冴えてゐる。そして、その耳にまづ伝はつて来る闇の中の物音は、単調ではあるが、相当に激しい雨の音である。明日は雨かと思ひながら、からだを起して窓に近づいた。遮光用の黒いカーテンを引いて外を見た。すると、僅かに消し残した街の灯の下を、蜒蜿長蛇の如く、車輌縦隊の一列が通過しつゝあるのである。たつた今、雨の音だとばかり思つたのは、この幾百幾千の馬の蹄が、涸いたアスファルトを踏む規則的な響であつた。人は語らず、車は軋まず、馬もまた黙々と頭を垂れて、いづこに向つてか往くのである。
漢口へ! と、私も、急き立てられる思ひがした。
一行は、こゝで、廬州に向ふものと、九江を目指すものとに別れた。
私は、ともかく九江まで行くことにした。
船で揚子江を遡ることも経験のひとつである。
遡江船
御用船××丸の甲板に立つて、はじめて揚子江といふものゝ存在が如何に象徴的であるかを知つた。
それは大陸の象徴
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