表的な小学校を見せてもらふ。
 寺子屋と呼ぶにふさはしい構への旧式な建物のなかで、「読方」を習ふ児童たちの声が聞える。教室をのぞくと、年のころ三十と思はれる女教師が、粗末な謄写版ずりの紙片を教科書代りにして、熱心に授業をしてゐる。非常に物馴れた調子である。児童達を一人々々前へ呼び出して、数行の漢字を読みあげさせる。彼等は、少しも臆せず、その滑らかな発音に自ら酔うてゐるやうにみえる。
 読み終ると、先生の方をちらと見あげる。みな潤ひのある美しい眼をしてゐる。女の子は殊に、悧巧さうな、引き締つた顔だちである。授業がすむと、先生はわれわれの方に進み寄つて慇懃に会釈をする。
 話をしてみたいがどうにも方法がないから諦める。かうして南京に踏み止まつてゐる教師の一人々々に、われわれは心から言ひたいこと、訊きたいことがたくさんある。「長期建設」はそのへんから始めねばならぬといふことを当局は気づいてゐるであらうか?
 光華門、中華門、雨花台等の戦跡を訪れて大西少佐の講話を聴く。風雨に曝された白骨を拾ひあげたものがある。
 夜は、燈火管制が実施されてゐるため、街へ出ることも出来ぬ。
 真夜中にふと眼がさ
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