であつた。
わが警備兵が乗り込んで物資の輸送に使つてゐるらしい船もあつた。
汽車の沿道で、畑ばかりの続いてゐるなかに、ひよつこり船の帆が浮び出ることがある。「クリーク」といふ名は何時か呪はしい響きをもつやうになつたけれど、この大陸の平和な生活は、なるほど水の旅とはなしては考へにくいものである。
しかし、現在これらの水路は、所謂敗残兵の出没甚だしく、支那人は「税金」を払つて難を免れるといふことである。
いよいよ南京に着いた。
旧王城の遺跡と新開都市の面目とを雑然と混へたうへに、戦乱の余塵未だ消えやらぬ荒涼たる一角を残して、南京は、今、私の眼の前にやゝふて腐れ気味な姿を横へてゐる。
蒋介石の企図した近代国家建設の夢が、どの程度に実現されてゐたかを知るのには都合のいゝ場所だとは思はれたが、それよりも、事変前は百二十人に過ぎなかつた邦人の数が、軍人軍属を除いて今では三千八十一人に達してゐるといふ話を聞いたゞけで、私は現実の歩みの速いことに気がついた。但し、占領以来十ヶ月の今日、やつと、中学が一校、その授業を開始したといふ事実は、復興を語るうへに見逃してはならぬ現象である。
序に代
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