して、俳味豊かな名刹として私を三嘆せしめた。規模の小なること、荒れ果てたまゝになつてゐること、バックの貧しいことは、改築の年代がごく新しいといふ事実とともに、この稀にみる清楚な寺院建築を、支那人のみならず、事変後続々と訪れる同胞たちに一顧の価をも感ぜしめないであらう。軒は既に傾き、瓦は剥げ落ちてゐる。生ひ茂る夏草の生ひ茂るまゝなのが却つていゝ。色褪せた壁の朱の、立ち枯れた並木の細い枝間に、寂然と光ある如くである。

     南京一瞥

 蘇州では名所見物が主であつたが、私はそれよりも、こゝへ来てはじめて落ちついた支那の街といふものに接し、民衆の日常生活の一端をのぞくことができたのをうれしく思つた。
 殊に、出発の朝、同地駐屯の同期生平野がお手のものゝ○○艇を用意して、城外を繞る蘇州河の一部を走らせてくれたことは、この有名な運河の性質をのみ込むうへに非常に役に立つた。
 大小無数の船が或は動き、或は止まつてゐる。その間を縫つて行くわれわれのモーターボートはすべての静けさを破る点で、およそ場所違ひのやうに思はれた。どの船からも支那人の顔がのぞいてゐる。街で出会ふ顔よりも一層底の知れぬ表情
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