さて、上海からの急行は、今日が最初の運転だといふことを、私の隣に偶然坐つてゐた見覚えのある将校から聞かされた。見覚えがある筈である、これこそ、学校時代に一級上だつた佐藤氏で、今日は、同氏が采配を振つてゐる鉄道部隊の晴れの日なのである。
 やつとこゝまでに仕上げたのだといふ、破壊された鉄路の困難な修復工事について、一席、苦心談にちよつぴり手柄話を交へた、朴訥で至誠のあふれた話を面白く聴く。幾日でやると云つたら、出来ても出来なくてもやる。兵隊には無理を云つてろくに休ませない、作戦の必要からだ。ところが、しまひにそいつが当り前のことになるんでねえ、と、隊長は、兵隊が可愛くてたまらぬといふやうなしんみりした顔をしてみせる。満洲、北支、中支と、殊勲を樹て続けの、この軍用鉄道の権威は、敵が外した路線材料を、何処へ匿して逃げたかをちやんと知つてゐるのである。苦力を集めてさつさと引き出させるのだから、相手にとつて始末がわるいといふべきである。
 なるほど、急行は二時間で蘇州へ着く。
 例によつて特務機関のお世話になる。市政府、省庁へ儀礼的な訪問。有名な獅子林公園に失望し、近頃評判のわるい寒山寺が、どう
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