引いた山襞の間に、白く光るのは谷川の水であらう。
それぞれに、父を、夫を、兄を、息子を戦場に送り出した家々が、あちこちにみえる。ひと目でそれとわかるのは、時局下のきびしい風景である。しかし、そのきびしさは、豊穣な土地の眺めのうちに溶け込んで、黙々たる微笑の如きものとなつてゐる。
福岡で上りの寝台を求めようとしたら、その日のは無論、翌日の分もすつかり売り切れであつた。そこで、思ひついたのは、私が嘗てゐた久留米の連隊をちよつとのぞいてみたらといふことで、実は、今、その連隊に同期の米良が大隊長として召集されてゐることがわかつてゐたからである。
早速、その当時はなかつた急行電車で、筑後平野を縦断した。
幼年学校を卒業して士官学校へはひるまでの半年と、士官学校を出てから任官後二年を過したこの久留米といふ町は、なにかにつけて想ひ出の多い町であるが、連隊の兵舎も昔ながらの面影を残し、衛兵所の上へ枝をひろげた榛の木にもたしかに見覚えがあつた。
わけても、将校集会所の食堂は、多少趣きは変つてゐたが、もとの場所にもと通りあつて、時の連隊長や連隊附中佐のいかめしい顔がありありと浮ぶやうであつた。
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