あしらふことはもちろん、支那人経営の料理屋でも、特にこつちを凝視する眼さへ感じないくらゐである。そのくせ新聞の売子が夕刊を売りつけに来るのを買つてみると、麗々しく反日記事が掲げてある。
「新申報」といふ親日新聞は、この租界ではさつぱり売れないさうである。尤も、民衆が自発的に読まないのではなく、漢奸の名を着せられることを懼れてゐるのだといふ話である。
上海のことはもうだいぶん内地にも知れわたつてゐるから、私は詳しく書かない。たゞ、将来はいざ知らず、今日までの情勢からみて、この都市の解剖こそ、支那事変の複雑な相貌を白日下にさらすものだと思ふ。
所謂抗日テロリストの群はしばらく措き、かゝる直接運動に参加してはゐないが、しかし、もつと先の方を視てゐる支那知識層の個々の動きといふやうなものを、どういふ方法かで知りたいと思つたが、それは今はまだその時期でないやうである。
報告を終るについて
十一月二日、福岡へ飛ぶ。日本の空だなと思ふ瞬間、私はふと胸に熱いものを感じて、窓に顔を押しあてた。
唐津のあたりが眼の下に見える。
入江には漁船が走り、畑は耕され、田は実のつてゐる。裾を
前へ
次へ
全159ページ中155ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング