てゐるから泊れと馬淵中佐に勧められ、さうすることにした。飛行機の便を得るまで、二三日は此処で待つてゐなければならぬと聞き、その二三日の利用方法を考へたが、私もさすがに疲れを覚えて、街を歩くのさへ億劫であつた。憲兵隊の通訳をしてゐる私の教へ子、明治大学文芸科の卒業生山崎晴一君のところへ電話をかけると、早速飛んで来てくれた。
 この前寄つた時には充分時間を割くことができず、ゆつくり話す暇もなかつたので、何処かで飯でも食ひながら彼の手柄話でも聞かうと思つた。
 同仁会病院と憲兵隊、この二つの日本の姿を私は上海といふ都会のなかに描いてみる。例へば、外国租界に巣喰ふ抗日テロリストの眼が何に向けられてゐるかといふことを想像するだけで、現在の上海が日本の如何なる表情にも無関心な、あるふてぶてしい身構へを示してゐるといふ気がする。
 英仏租界の人口が事変前よりぐつと増してゐる事実は何を物語るか?
 私は山崎君の案内で、英仏租界を昼と夜と二度見て歩いた。日本人の立入りを禁止してもゐないし、どんな場所へ足を踏み入れても別に不安を感じるやうなことはない。白人の店で買物をしたが、店員は普通の客としてわれわれを
前へ 次へ
全159ページ中154ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング