日本と支那ばかりではない。それが利害の一点で結びつく例はもちろん多いし、さうでなくても、両国の文化交流といふ現象を通じて、民衆的な交歓が行はれてゐる場合が少くない。
 日本と支那とは、単に自己を以て他を律することの弊を悟りさへすれば、各々その長所を認め、固有の伝統と風習を尊重し、われの足らざるを彼に求め、両々相犯さざる善隣の誼みを保ち得ない理由はないのである。
 私は、一方的に、日本人の優越感なるものが往々支那人の自尊心を傷ける場合が多いやうに思つてゐたが、今度いろいろな点を観察してみて、やはり、それと同様に、或はそれ以上に、支那人の優越感が日本人の自尊心を煽つてゐた事実をつきとめることができた。
 民族的自尊心といふものは、どんな民族にでもないことはない。たゞ、その現はれ方が実にまちまちなのである。一口に優越感と云つても、これまた非常に主観的なものであつて、日本人がもつて矜りとするところと、支那人が秘かに高しとするところは、殆ど比較することさへ困難なやうな性質を帯びてゐるのである。つまりは文化又は文明の質の相違である。この問題を論じだすとなかなか大事業だが、私がこゝで云はうとすること
前へ 次へ
全159ページ中142ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング