、この問題の解決が如何なる方法で望みどほりに達せられるかといふ点になると、もはやそこには現実的な悩みがあるだけである。つまり、少数のものゝ誠意と努力が、多数のものゝ無自覚と妄動のために、片つ端から無駄にされつゝあるといふことを先づ考へなければならない。
戦争の最中だから仕方がないといふ見方も、実際論としては私も肯定する。しかし、習慣はそこからはじまるのであつて、為政者は、今度の事変の特殊性を考へたなら、対外的宣伝ばかりでなく、より以上国民自体の戒飭に乗り出すべきである。出征将士の艱難辛苦も銃後民衆の生活緊張も、ともに国を愛し、国を憂ふる赤心の発露だとすれば、それと同様に、われわれが支那人を遇する道に誤りなからんことを期するのも、日本人として、やはり祖国に対する忠節の誠であると考へて差支ないのである。
ある人は云ふ――日本人と支那人とは気質的に相容れぬ民族であるから、互に反撥するのは当然であると。支那を識り日本を識る欧米人のいくたりかもこれに類する判断を下してゐるやうだが、それがたとへ真実の一部を伝へてゐるにもせよ、決して全部ではないと私は断言して憚らぬ。
気質的に相容れぬ民族は、
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