服まがひの服装をしてゐたためであらうか、それらの巡警はいちいち丁寧に挙手の礼をする。実に真面目な、俗に云ふ新兵さんのやうな礼で、私はその度毎に面喰ひ、恐縮した。
楊州といふ町は、支那でも珍しく清潔法が行はれてゐたとかで、下水もでき、なるほどさう云へば、どこを歩いてもそんなに臭いといふやうな場所はない。路傍の汚物も目立つて少い。これもしかし比較的の話で、日本内地の標準では、さあ、どういふことになるか。
さて、僅かの観察ではあるが、私にも、支那といふもの、支那人と云ふものがいくらか解りかけたやうである。
改まつて、それではどんなものだといふことになるとなかなかむつかしい。それは恰もわれわれがわれわれ自身について語るのが困難なのとおなじである。強ひてそれを云はうとすると、どこかに隙間ができ、その隙間から真実が逃げて行くやうな危惧を感じる。
さういふ点で、私は、これまで多くの支那研究家がどんな意見を公けにしてゐるか、それをぼつぼつ参考に読んでみたいと思つてゐる。私の浅い見聞はそれになにものをも附け加へないであらうことはほゞ想像はつくが、たゞ、さういふ支那及支那人なるものゝ享け容れかたに
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