それでいゝと思つてゐた。今は、もつといろんなことが知りたい。知るべきことがたくさんあるやうに思ふ。両親が許せば日本に行つてみたい」
年長の方は、
「事変前から自分は日本に興味をもつてゐたけれども、十分に調べる機会がなかつた。日本の文学についても、たまに雑誌などで翻訳を読むぐらゐで、日本人の生活といふものが、さつぱりわからなかつた。自分は政治は好まない。だから、抗日的な思想には無関心であつた。今は、中国の危機であるから、これを救ふのは日本と手をつなぐ以外に方法はない。小学校へ勤めてゐるのは生活のためである。しかし、これから児童の教育といふ問題は、中国の新しい更生のために重要である。さういふ点でも、日本の指導を受けなければならぬと思ふ」
通訳のあやふやな言葉を、私の推測でやつとこの程度に整理したのだから、間違ひがないとは保証できぬ。
私更に、日支の協力といふことを二三の点で述べた後、
「将来若しこの楊州に日本文化研究の機関ができたとしたら、君たちはそれを利用する意志があるか?」と訊ねた。
二人は同時に、「大いにある」と答へ、若い方は、そのあとで、膝を乗り出して、「それは何時頃できる
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