占領後十ヶ月のこの楊州に、何が新しく生れつゝあるかをできるだけ見ておかうと心掛けた。
 事変前には、日本人がたつた二人、一人は塩務官といふ役人、一人は支那人の細君になつてゐる女、それきりであつたらしい。その塩務官のことはよくわからないけれども、西野某といふ女性は大民会発会式の式場でちらりと姿をみかけた。
 現在では、そのほかに、歯医者さんが一人、雑貨商をやつてゐる人が一人、はひつて来てゐる。
 料理屋風のものも一軒早くから店を開いたさうであるが、営業不振で何処かへ引上げて行つたとのこと、これはつまり、当地区の警備隊では兵士の外出を制限してゐるためだとわかつた。
 こゝでひとつ肝腎なことがある。
 小川部隊長の意見によると、警備部隊の信条ともいふべきものは、第一に軍紀厳正といふことであつて、その点少しでも緩やかなところがあれば、如何に士気が旺盛でも、戦闘力に欠けるところがなくても、最大の任務たる治安の確保は困難だといふのである。それはつまり、治安の要諦は、日本軍に対する住民の信頼と尊敬を得るに在り、単に武力による圧迫は、表面、彼等の服従を強制し得ても、住民の自発的な協力を得ることは不可能
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