傾けてゐた。どちらかと云へば、まだ不安の去らないやうな表情で、新事態の彼等にもたらす光明は、決してこれらの言葉ではないやうに思はれたが、しかも、私がそこに一点希望を見出した理由は、少くともこの楊州の住民たちは「抗日のための抗日」なる思相かからは遠いといふ観察を下し得たからである。
街を歩いてゐても、この土地が如何に政治色に染つてゐないかといふことだけは見当がつく。由来手工業と物資の集散によつて栄えたこの都市は、いく多の戦乱を潜つてその災禍に慣れ、政治を見放し、己れの殻に閉ぢ籠る安全を自覚した一種の気風をもつてゐるやうに思はれる。この気風を如何に利用すべきかゞ今後の問題であらう。
散歩の途中、一軒の本屋に寄つて、店さきの雑書を漁つてゐると、ふと、国民党編輯の唱歌集が眼についた。同行の堀口軍医が店員を呼んで「これはいかん」といふと、平身低頭、そのうちの抗日軍歌を引裂いてみせた。
また、ある宴会で、席に侍つた歌妓の一人が毛糸のスェーターを着てゐて、そのスェーターの裾のところに「九・一五紀念」といふ文字の編み込んであるのを誰かが見つけ、黙つてそれを指さしてみせると、彼女は、その意味をやつ
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