ス人の声で聴くと、巴里で芝居を観るのに近い印象をうける。「心理詩派」マゾオのエスプリと文体はほゞ呑み込めた。日本の俳優には一番苦手なやつである。第一、これがどんな翻訳になつてゐるか? 微妙なニユアンスが果して捉へられてゐるか?
 僕は、正直なところ、築地小劇場の自信をもつて世に問ふこの度の舞台に、半ば興奮に似た期待と、半ばわがことのやうな不安とを抱きながら、例の歴史的な銅羅の鳴り響くのを聞いたのである。

       八

 さていよいよ築地小劇場の旗挙公演である。胸おどる招待日の印象をこゝに書きとめることは、今の僕にとつてまことに感慨無量である。
 新装成つたこのバラツク劇場のフアサードは、一見、植民地の教会堂然たるものであつた。足を踏み入れた途端、妙に呼吸苦しい、取りつく島のないやうな感じがした。灰色の壁の低い空を思はせる陰鬱さもさることながら、アーチ形のプロセニウムが階段でオルケストルにつながつてゐる、その冷たく重い線のなかに、僕は、もう、「北方」を感じて、思はず肩をすぼめてしまつた。
 無装飾と単純さはありがたい。しかし、この渋面《グリマス》と臂の張り方はなんとしたものであら
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