ふことである。あとにもだ、なにかが残つてゐるかどうかといふことである。
 この不安は、恐らく、僕のやうに、「偶然になつた作家」の場合に限られるものではないかと思ふ。最初の作品が生れたものでなく、作りだしたものである、といふ弱味から来るのであるかも知れない。或は、単に、褒められすぎた駈けだしの不心得な自尊心か。
 改造へでも推薦しようといふ山本氏の好意に、なほすがる外はなかつた。
 期待のうちに日が過ぎた。
 しかも、それから十日もたゝぬうちに、あの大震災である。

       五

 日本の演劇界がこの大震災を境界としてどういふ風に変つたか? 少くともこの種の歴史的事件によつて、物質的、精神的に、あらゆるものが相当大きな影響を受けたであらうが、芝居の方面はどうであるか? 今になつてそれは調べればわからないことはないが、当時の僕には、それほどはつきりした姿で映つては来なかつた。
 例へば東京のあらゆる劇場が灰燼に帰したといふ新聞の報道も、あゝ劇場もかと思ふだけで、それが自分の仕事、生活の領域で、直接なんとかせねばならぬ問題として響いては来ない。これが若し、震災前に何等かの形でその道に足
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