ぬかといふ懸念もあつた。つまらんことを考へたものだが、当時の僕は、日本に於ける「新劇」の独逸的色彩など念頭になく、たゞ、寧ろ、自分の好みがあまりに「フランス張り」であることを意識してゐたからであらう。
ところが、山本氏の家の二階で、生れてはじめて僕は「新進作家」としての待遇を受けたのである。
夕刻であつた。フランスの芝居の話などしてゐるうちに、食事の時間になつた。僕の原稿は、天ぷらと一緒に運ばれて来た。山本氏は、暇がなくてまだ眼を通してゐないから、これから飯を食ひながら読まうと云ふのである。それでも結構である。が、今の僕なら、百枚にあまる駈け出しの原稿を読まされることは如何に苦痛を覚悟してかゝる必要があるかを知つてゐるけれども、自分がその駈け出しである場合は、「飯を食ひながらとは少々一挙両得すぎるぞ」と、秘かに先輩といふものゝガツチリさに驚嘆するのである。
しかし、いざ、僕は箸を取りあげ、山本氏は箸と原稿を取りあげ、僕が口だけを、山本氏が口と眼を働かしてゐるのをみると、内心感謝の念がしみじみとわいて来た。第一に、そんなにまでして読むべき値打のある、代物かどうか、それより天ぷらが冷
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