祈りたい気持は私の全身を奇異なもので充した。私は手を洗つた。口をすゝいだ。そして裏口で手を合せた。
月を見つめた。
何を祈りたいのか、私は知らなかつた。
私は考へながら
「どうぞいつまでも永久にわかくゐられますやうに。どうぞ強く生きられますやうに。どうぞ私のなかにある芸術のつぼみが大きく生々とひらきますやうに。」
と、口の中でくり返した。
けれども、祈りたいものは、最も祈りたいものは、こんなことではないことを私は知つてゐた。
けれどもそれが何であつたかは、私はたうとうつかまへられなかつた。
さびしい気がした。
十二時過ぎ。
何といふさびしさだ。今から、十九年十一ヶ月といふ子供の時代から、そんなにさびしがつていゝものか。いゝもわるいもない。さびしいんだからしかたがない。
昭和十七年七月二十七日
つよきものわけて心をひく日なり満庭を灼く日に見とれをり
夜、月光。
七月二十八日
木々の葉はあやしく黄なる花となりぬ曙の日の雲をやぶれば
翼賛会をやめてほつとした彼の顔。
ご苦労さま。そして、私がこんな風で、なんにもできなかつたこと、ごめんなさい。のうのうと休ませてあげたい。痛いところがあれ
前へ
次へ
全28ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング