ひながら、朝の化粧をすませ、新聞の一面へざつと眼を配る動作を私は黙つて見戍《みまも》つてゐた。
 ソロモン海戦の華々しいニュースは、彼女の死の床の上に伝はつたのであつた。
 五十日祭の当日、私は、ひとり書斎で親戚の集るのを待つ間、開け放された窓からぼんやり秋日和の庭を眺めてゐた。柄にもなく、こんな歌のやうなものがひとりでに出来た。

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えびすらの
稜威高しと仰ぐ日を
待たで去りにし
わが妻あはれ

妻逝きて早や五十日
木犀の
かをれる庭も荒野のごとし
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 もうなにも書くことがないやうな気もするが、日記をめくつてゐると、また言ひたいことが出て来るかも知れない。

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大正十年九月十六日
今日は十五夜だ。
御飯がすんだ頃月が登りきつた。黄色い光を含んだ灰銀色の雲が空の方にちらばつてゐた。月は円くて――当り前だが――よく光つた。が、磨いたやうとは云へなかつた。時々雲がその上を渡つた。私は何かしら祈りたい気持になつた。私は黙つて手を合せた。母が手も洗はないでをがむなんて、と笑つた。私は見られたと思つて一寸変な気がしたが、やはり
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