ばさすつてもあげたい。しかし、家にゐて、あれこれと気をつかふのは彼。お国のためといふ言葉が、こんなに身近な言葉だとはつい知らなかつた。なにかしら、得意と安心。だが、私も疲れた。

七月二十九日
親類に行きし娘らみそぱんをもらひ帰りぬ昔なつかし
娘らよわれおんみより小さかりきかの教場にみそぱん食《は》みし
暑い。ガラス鉢の熱帯魚が羨しい。夕食後、冷い林檎を噛みながら、ふとはげしい懐疑に襲はれはじめた。かういふ世に、自分のやうな女が一番無用なのではないかと、世間に対しさうであり、夫や子供の世話にかけても不器用で、また若いときの苦労、仕込の足りない女。
私の愛は夫を幸福にするやうなものであつたかどうか。

七月三十日
お灸とは少しおどけしものならむ病気をまじめに思はずなりぬ

七月三十一日
お向ひの野口さん重態の由。衿子たちはおその小母さんに頼まれ竜ちやんのお守りをしてあげる。
子供の水泳着のことを心配したり、病人のお菜のことで女中にあれこれと云ひつけたりしてゐるとき、ふと「仕事」が彼の頭にかへつて来る。俄然、彼は夢から覚めたやうになり、落着きを失ふ。
家族の世話をやく時、彼の注意は綿密をき
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