のことはうまくやれなくつたつてそんなに不名誉にならぬといふやうな考へは、或は結婚当初にはあつたかもしれぬが、だんだんさうでないことがわかつて来たとみえて、よほどいまいましさうであり、別に色にはみせないが、一生懸命の様子でそれが察せられた。それをまた、私が、時によるとそばから、そんな簡単な、女ならちよこちよこつと眼をつぶつてゐても出来るやうなことを、さう大童《おほわらは》になつてなどと口を出す。冷やかすだけならいゝが、多少は小言めく。いや味になることすらある。辛《つ》らかつたらうと思ふ。が、このことばかりは、彼女が、日記のなかで、しみじみ後悔の言葉として書き綴つてゐる。
今、私のそばにその彼女がゐなくなつたといふことは、彼女が実は、私のために、娘たちのために、すべてをしてゐたといふことをはつきり私に教へるのである。
彼女がどつと寝ついてから、私たち一家のものは、それこそ多少の不自由を忍ばなければならなかつたが、しかし、彼女がまだそこにゐるといふだけで、つまり、何ひとつ相談をしたり指図を受けたりしなくても、彼女の姿をそこに見、彼女の心をそこに感じるだけで、十分に「家」はその機能を働か
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