たの》むところのものを、自分の身にしつかりつけたかつたのである。学問そのものを好むといふよりも、学問に親しむといふことこそ、彼女の憧れであつたと云つてもいゝ。
いはゆる知識婦人の矯激と軽薄から彼女を救つたのは、質実剛直な両親の気風だつたと私は確信する。
たびたび私は彼女の自尊心の現れかたについて観察した。多少意地のわるい見方かも知れぬが、彼女は決して故らに謙遜したり、うかつに自己吹聴をしたりせぬだけの自負心をもつてゐた。社会的地位の上下などで相手を遇するやうなことは絶対にせず、女中には必ず「さん」づけをするといふやうなやり方にもそれが現れてゐた。夫の私などに対しても、世間の多くの細君よりも丁寧な言葉遣ひをしたが、これも、それによつて、女としての品位を保たうとする心掛けのやうにみえた。
ところで、彼女の自尊心を甚だ傷けるやうなことが、家庭の雑用のなかには多い。それをやることがさうなのではなく、それがうまくやれないことがさうなのである。手先が器用でないといふ云ひ逃れをしばしば聞いたけれども、それよりも、娘時代になんでもなくさういふ仕事の訓練を受けてしまはなかつたからである。
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