時を思ふと、私は、泣かざらんとして泣かざるを得ぬのである。
 私は亡き妻の日記が私に教へるところに従ひ、世の若き女性に愬へる。
 日本の女としての、真の幸福とはなにかといふことを、今こそはつきりと自覚しなければならぬ。
 それは第一に、日本の男を男らしく作りあげるといふことにあると私たちは信じる。妻として夫を、母として息子を、主婦として世間の男たちを。
 第二に、それがためには、女は女の本性を最高度に発揮することである。古来、女の「たしなみ」と云はれたものは、日本の歴史が作りだした理想の女の魅力ある映像であつた。
「たしなみ」が「教養」といふ言葉に変つたとき「たしなみ」のもつ「道」としての、即ち、心身一如の訓練による生活の技術的体得が忘れられたのである。
 男子の場合もまつたく同様である。
「たしなみ」は、道徳と技術との綜合の上に描かれた人間生活の軌範であり、また、それぞれの社会的、性的、年齢的条件に応じて示される力と美との活きたすがたであり、信念と叡智と品位との最も巧まざる表象である。
 近代の「教養」も亦、結果としてこれと等しきものを目ざしてゐながら、それは、衣裳の如く身に纏ひ、せ
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