知識よりも技術、技術よりも単なるコツが物を云ふ。
一切の浪漫主義は「家」の外にある。家は浪漫主義者をも排斥しはしない。しかし翼をひろげさせない。少しの空想も、そこでは息苦しい。愛といふものに若し貪婪な性質があるなら、そこでは、妻は夫から、夫は妻から愛されてゐるとさへ思へないのである。
家内の死によつて、私は、彼女の存在が明らかに私を左右してゐたことを知つた。言ひ換へれば、彼女がなんのために私のそばにゐたかといふことがよくわかつた。
私はいちいち家内と相談をして内外の事を運ぶといふ方ではなかつた。それにも拘はらず、彼女ゆゑに、為し、彼女ゆゑに為さなかつたことのいかに多いかに、今、驚いてゐる。いつの頃からか、ずゐぶん若い頃から、私は自分の幸福といふやうなことを考へる習慣をなくしてゐる。しかし、家内の幸福といふことだけは、結婚以来、念頭を去つたことはない。なんらの見栄もなく云ふが、ある時期には、家内の幸福のために、彼女さへそれを望めば、いつそ実家へ返さうかと思つたことさへある。
家内は日記にその当時のことを書きつけてゐるが、それを本気にしてゐない様子である。彼女には、さういふ私がい
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