雨の夜、容体が急変して、一週間の後、遂に呼吸《いき》をひきとつた。
かうして、二十年の間を隔てた日記の断片を二つ拾つてみると、私には、彼女の生涯といふものが、なにか満たされないまゝに終つたやうな気がしてならぬ。
「満たされる」とはどういふことか。それは結局生き方の問題である。彼女が私との結婚生活に「あるもの」を求めてゐたことはわかるが、それが、私に云はせると、すべて結婚生活に求むべきものであつたかどうか、大いに疑問があるのである。
家庭生活が女の生活の全部だとする説に私は必ずしも同意するものではない。女はまづ母でなければならぬといふ意味に於てさへも、私は、母といふものを一家族が独占すべきものではないと信じてゐる。
家は生命の根幹であり、生活の基盤であつて、そこから人間のあらゆる営みが発動するのである。「家」は「家」としての一つの目的をもつけれども、目的そのものではない。家は家としての理想を、夢をもつ。しかし、家は理想でも夢でもないのである。
「家」の現実は、女を往々にして、がんじがらめにする。現実は、これと闘ふべきではなく、これを処理すべきものである。勇気よりも忍耐が必要である。
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