た。そのうしろから、知り合ひらしい中年過ぎの女がついて来て、たつた今、その女の子が池へ落ちて、手だけ水の上へ出してゐるのを引きあげてやつたのだといふ話をするのですが、私には、むろん、言葉がところどころしかわからず、やつとそれだけの意味を察したのであります。
 茶店の婆さんは、――多分孫娘でありませう――その女の子の着物を手早くぬがせながら、小声で二こと三こと小言を浴せ、助けてくれた女に礼を云ひ、盥を持ち出して釜の湯をあけ、女の子に行水を使はせるのでありますが、その、うろたへもせず、邪慳にもならず、手まめにひとつひとつ、なすべきことを処理して行く態度に、私は感服しながら見入つてをりました。
 婆さんは、まだ泣きやまない女の子を裸のまゝ店の奥に起たせ、着物を箪笥から出してやります。
 その間、助けてくれた女と、平生通りの会話を続けてゐます。私はその調子の巧まない朗かさに興を覚え、耳をぢつとすましてゐました。
 話は、さつきそこにゐた男の客のことらしく、なんでも、戦地から帰つたばかりで、今日、東京からわざわざ出かけて来て、戦死した中隊長の墓参りをしたのだといふやうなことでありました。それから
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