また、近頃、ラヂオ体操ばやりで、年寄りまでが妙な恰好をして体操をするが、あれはちよつとどうかといふやうな話です。
 相手の女は、娘の命を助けたご褒美に、氷水二杯を振舞はれ、これは、馴れないことゝみえ、やゝ照れながら、もう一度、娘のあぶなかつた話を繰り返しました。

 これだけの話であります。
 たゞこれだけの話であります。が、この情景は、観るのと聞くのとではよほど違ひませうけれども、しかし、私のその場で感じ、今もなほ心のなかに刻みつけられてゐる印象は、まつたく、懐しく快いものであります。
 こゝには何ひとつ教訓らしいものはありません。おそらく頭の下るやうなところはどこにもありません。しかもなほこれらの人物一人一人のうちに、私は愛すべき人間のこゝろをしみじみと感じるのであります。かういふ例は、決して、珍しいといふのではありません。たゞ、これが、社会の目立たない部分にしか見当らないといふことであります。素朴な民衆の自然なたしなみがそこにあるといふ意味でです。そしてそれが一旅人たる私を知らず識らず抱き込むのだとすれば、祖先を異にする国民と国民との交りも、かういふ共感の上に立たなければ、ほんた
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