、世界の半ばを敵とすることはできなかつたでありませう。
 ところで私は、一国の文化といふものは、まことに、何気ない生活の表情のなかにあるものだといふことを、常々感じてゐるのであります。

 こゝに、先年東北へ旅行をしました時、私が秋田の町で目撃した、ちよつとしたことを御紹介いたします。

 場所は例の城跡の公園であります。
 夏の終りでありました。まだ昼間は散歩に暑く、私は一軒の茶店に腰をおろして、氷水を注文いたしました。
 六十をいくつか越したと思はれる人の好ささうなお婆さんが、ひとりで店をやつてゐるのです。
 ほかに若い男の客が一人、縁台に片膝をのせて、昼飯代りのうどんを食べてゐます。お燗も一本ついてゐるやうでした。若いといつてももう三十近くでありませうか、非常に落ちついた様子で、最後の杯をあけ、勘定をすまし、やがて外へ出て行きました。
 私は氷水に咽喉をうるほしながら、店の中をあちこち眺めました。なにひとつ眼を引くものゝない、あの平凡な、くすぶつた、どこにでもある住ひであります。
 急に表で女の子の泣き声が聞え、その泣き声と一緒に、ずぶ濡れになつた六七歳の女の子が駈け込んで来まし
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