づニコラに扮した東屋三郎氏に満腔の讃辞を呈する。どこがいゝのか未だよくわからない、何しろ日本にもかう云ふ役者が出て来たかと思はれるやうな一種のエスプリイを持つた人のやうに思はれた。口だけでものを云つてゐないで、すばらしい瞼の働きを持つてゐる。腰のすわり方も一きは目立つてゐる。
 それならばブリュンチュリイの役を演じた汐見洋氏はから駄目かと云へば決してさうではない。最も複雑な表現を要するこの役をともかくも大きな破綻なくしおうせたことは手柄である。最初の幕は非常に六ヶ敷くもあるが、未だ渾然とした表現に達してゐない。これに反して第三幕目はゆとりのある確かな演出を見せた。たゞ此の人は人並以上の頭を持つてゐるのであるが、少くとも「俳優並」の技芸的訓練を積んでほしい。殊に発音と姿勢には徹底的の工夫をすべきである。
 ライナに扮する水谷八重子嬢は悲劇の主人公にもしまほしき美しさだ。いゝえ、それはわかつてゐる。彼女の持味は古典喜劇の「|オボコ娘《アンジエニユ》」である。コケットを演ずる為めには何かしら足らないものがあるやうに思はれる。――そこへゆくと芝居が芝居でなくなるのだ。
 此の役はロマンチスムの
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