お先へ」
無銭遊興者の後姿は寂しい。
彼も遂に、道楽の味を解しないと見える。
そして、このおれに、二度頭を下げた彼
憫れむべき無銭遊興者、この野郎!
おきみちやん、もう何んとか云へよ。
寄せては散らし、散らしては寄せ……
あゝ、此の妙技、老ひたる母に見せたし。
彼女は云ふならん――
「お前、何時の間に、そんなに玉突が上手になつたんだえ」と。
おれは云ふならん――
「えゝ、でも、もつと上手な人がゐますよ」
「ほんとかい」と彼女は、疑ふならん。
それから、わが愛する妻に見せたし。
彼女は云ふならん――
「まあ、あなた、玉突が、そんなにお上手だつたの」と。
「うん、なあに、これくらゐはね」
仏人オマアル氏著「球戯考」の序文に曰く
――春宵朗らかに球を撞けば、胸に愁ひあるを忘れ、秋夕粛やかに棒《キユウ》を滑らせば、頭痛忽ちにして去る――と。
オマアル氏よ、貴国には、帽子を被りたるまゝ、それも鳥打を阿弥陀に、ノンシヤラシヤラとウスキンを覘ふ男ありや。
コチン、ストン……。
ブル、ブル、ブル……火事でも起れ。
来たぞ、万年玉が。
「みいつ…………むうつ……
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