下さりさへすれば、生れてから今日までのことを、残らず云つてしまひたい気がいたします。
夫人 おつしやいな。聴いててあげるわ。なんて、うそよ、聴かして頂戴……。それとも、食事のあとで、ゆつくり伺はうかしら……。
るい どちらでも結構でございます。
夫人 それぢや、途中で失礼するかも知れないけれど、よくつて?
るい あらまあ、奥様、そんなにお改《あらたま》りになつちや、わたくし、舌が硬《こは》ばつてしまひますわ。
夫人 蓄音機は、かけたまゝでいゝの?
るい これは、わたくしの受持で、食事の時間中、かけ続けてゐなければなりませんのです。さて、何処から始めたらよろしうございますか……わたくし、生れは、伊勢でございます。両親は、わたくしが七つの時に横浜へ出て参りました。
夫人 ちよつと、そんなところからなの? まあ、いゝわ。えゝ、よくつてよ。
るい すみません。どうか御辛抱を……。横浜に参りまして、魚商を始めましたんですが、わたくしの覚えてをりますんでは、相当手広く商ひをしてゐたやうでございます。お蔭で、わたくしも、当時、珍しく小学校へも通《かよ》つたりいたしまして、幾分、読み書
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