夫人  三十を過ぎたお婆さん……。
るい  妙なもんで、多勢の男の中で一緒に働いてをりますと、そのうちの誰にも特別に親しくはできなくなります。
夫人  こつちはさうでも、向うから、誰かが親しくして来るでせう。
るい  まあ、お察しのいゝ……。では、恥ぢを申上げませうか。
夫人  云つて頂戴。云ひ悪《にく》いことなら、云はなくたつていゝのよ。
るい  奥さまには、秘《かく》す必要なんかございません。わたくしも、女ですもの。そんなことが一度ぐらゐあつたつて不思議はございますまい。申上げますわ。
夫人  おや、おや、大変なことになりさうね。
るい  いえ、いえ、決してそんなんぢやございません。奥様方のお耳にいれゝば、きつと、お吹き出しになるやうな話でございます。――えゝと、あれはたしか、わたくしが船へ乗りました翌年でございますから、三十一の年でございます。でも、その前のことをちよつとお話しておかなければ、わたくしつていふ人間がおわかりにならないと存じますけれど……。それも長くなつて、御迷惑でございませうね。まあ、どうして、今日はかう、お喋《しやべ》りがしたいんでせう。どなたかが聴いてゐて
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