も、亜米利加通ひの船でなけれや見られないよ。
るい  恐れ入りました。その船には、十六年乗つてをりました。あの時分のことは、一生忘れられません。

[#ここから5字下げ]
女が、化粧をすまして、階段を降りて来る。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
男  食事にするかい。
女  えゝ、あなたは?
男  何時《いつ》でもいゝよ。

[#ここから5字下げ]
男、起ち上つて、歩き出す。
二人の姿が消える。
入れ違ひに、若い男が二階から降りて来る。京野精一(二十一)である。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
るい  ピンポンのお相手をいたしませうか。
京野  今日は疲れた。また歩き過ぎたよ。(椅子にかける)
るい  そんなにお弱いやうには見えませんがねえ。でも、御無理を遊ばしちやいけませんよ。折角御養生にいらしてるんですから……。
京野  家庭教師みたいなことを云ふなよ。
るい  あら、ほんとに今日は、不思議な日ですわ。
京野  どうしてだい?
るい  みなさんで、あたくしの前身をおあてになるんですもの。
京野  君
前へ 次へ
全38ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング