いらしつて御覧なさい。いゝものをお目にかけますから……。
夫人  外へですの?
京野  外つて、すぐ前の亭《あづまや》ですよ。
夫人  なんでせう……。

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両人、扉から外に出る。
部屋には、るいと、男と、二人きりである。時々、二人の視線が合ふ。
長い間。
[#ここで字下げ終わり]

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男  今の奥さんは、どういふ人?
るい  歌をお詠みになる方《かた》ださうでございます。始終、お一人でお出かけになりますんですが、旦那様はなんでも、東京でお勤めになつてらつしやるやうでございます。
男  (夫人の置いて行つた新聞を取り上げ、それを読みはじめる)
るい  こちらへは、しばらく御滞在でございますか。
男  うん、まあ、ゐられるだけゐてみよう。
るい  どうぞ、御ゆつくり遊ばして……。そのうちに、浜で、松露や、防風が取れますし、釣りもなかなか面白いさうでございます。
男  釣りは、なんだい?
るい  烏賊《いか》でございますよ。
男  あゝ、烏賊《いか》か。
るい  おなじホテルでも、海岸のホテルにをりますと、さういふお話ができ
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