、るいの方を見る。
京野は、扉をあけて、庭の方に降りる。帳場の方で、呼鈴が鳴る。
るいは、慌てて、その方へ行く。
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女  (るいの後姿を見送つて)やつぱり、さうですか?
男  さうらしいね。えらく肥つたが、何処かに見覚えがあるよ。
女  船に乗つてゐたつていふんなら、さうにちがひないわ。向うは、気がつかないかしら……?
男  だつて、お前、口を利《き》いたこともなし、一度や二度、多勢の中で顔を見たぐらゐぢや、さう特別に覚えてゐるわけがないさ。向うは、そこへ行くと、僅か五六人の女のうちだ。その一人一人が、噂に上るんだ。あいつは、たしか一番年増で、一番不縹緻だつた。そこへもつて来て、変に行儀がいゝと来てるから、男たちは、そばへ寄りつきもしないのさ。
女  あの人、幾つぐらゐだつたの、その頃は?
男  さあ、あれで、三十にもなつてたかな。おれは、間もなく、その船を降りちまつたから、あとのことは知らないが、十六年も船にゐたといふんだから、辛抱は大したもんだ。なるほど、年を繰つてみると、丁度、その時分だ。おれは、やつと、二十
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