若様は、賑やかなことがお好きさうに見えますが、それでは、なほさら、御病気が苦《く》におなり遊ばしませう。このホテルも、夏場はあの通り込み合ひますんですが、夏はまた夏で、ほかへお出かけ遊ばすんでございませう。
京野  (返事をしないで、煙草の煙を吹き上げてゐる)
るい  折角、お馴染《なじ》みになりましたお客様が、ぷいとお発《た》ちになつてしまふのは、ほんとに心細うございます。これが船でございますと、前もつて、お別れする日がわかつてをります。いろいろのお世話も、その日までといふ心組みで、万事、手ぬかりも少うございますが、まだおいで下さるものと思つてゐた方《かた》が、不意に今日帰るなどとおつしやられますと、何かしら、ドキンと胸に応へます。きつと、「さあ、しまつた」と思ふことがございますんです。今夜はシーツをお代へしようと思つてゐたのにとか、明日は、お望み通りのお部屋が空《あ》くのにとか、そんなことが、妙に何時《いつ》までも気にかゝりますんです。
京野  …………。

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最初の、夫婦連れが、これも食事を済ましてはひつて来る。
左手の椅子に、並んで腰をかける。二人は、時々
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